嫁ターン移住でもっとも重要な人物は、もちろん「嫁」です。ここでは、嫁との出会いや移住までのいきさつを書いてみたいと思います。
出会い
出会ったのは、新卒1年目の社会人の時でした。嫁は自分と同い年ですが、当時は関東のとある大学院に通っていて、院生1年目でした。友達の紹介で付き合いはじめたのですが、嫁は北陸地方出身で、関東では一人暮らしでした。北陸など縁のない自分は、嫁と付き合ったことで初めて北陸を意識し始めましたし、嫁の地元に遊びに行くこともありました。やがて嫁は大学院を卒業すると京都で公務員として就職しました。関東を含めて、公務員の試験をいくつか受けていたのですが、京都を選んだ理由は、地元に比較的近いから、とのことでした。私としては、離れてしまうのは少し残念ではありましたが、そこからしばらく遠距離交際でした。
結婚
そうこうしているうちに、私も会社で異動の辞令を受けて、大阪営業所への転勤が決まったのです。そこで、京都にいた嫁と晴れて結婚することになったのです。大阪と京都の中間地点あたりにアパートを借りて、2人での新婚生活がスタートしました。関西での2人の新婚生活は楽しく、出雲大社や道後温泉、USJなど2人でいろいろなところに遊びに行き、楽しい思い出でいっぱいです。そんなときに第1子妊娠がわかったのです。
「地元に帰りたい・・・」
嫁の第1子妊娠が分かって1,2か月くらいだったと思うけど、急に嫁が深刻な顔で話があると・・・・そこで言われたのが、「地元で子育てをしたい」ということでした。嫁は甘えるのが苦手なタイプで普段あまりお願い的なことをしてこない人でした。その嫁が頭を下げて、「地元に帰りたい」という希望を言ってきたのが、当時の自分からすると「ただならぬ」感じをヒシヒシと受けて、その場で「わかった」と即答しました。
当時、自分は大阪営業所で若手エース的なポジションで働いていましたし、数年したら海外営業という話もチラチラ耳に入ってきていました。会社からの少なからぬ期待も感じていたので、ここで会社を辞めます、というとかなり慰留されることは間違いないだろうな、と直感的に感じました。
しかし、逆にこれは私の決断でなんとでもなるとも感じました。どんなに慰留されたところで、日本の法律的に辞められないということなどないわけであって、その意味ではただ「辞める」という意思を会社に伝えるだけで終わる話です。また、こんな機会でもないかぎり、都会育ちの自分が地方に移住するなど絶対に起こらないわけで、その意味で人生を劇的に変えるチャンスであると考えました。
嫁から「地元で子育てしたい」と言われて、「わかった」というまでの数秒の間に、死に際ではないけど走馬灯的な感じで、上記のような考えがバババッと頭をよぎり、断る理由なし!と決断したという感じです。
結果的にこの決断のおかげで今があるわけで、嫁には感謝しかないです。。