嫁ターン移住するまで、管理人がどんな経歴だったか、生まれから新卒で入った会社までの経歴をご紹介します。
出身・育ち
生まれは東京の23区内です。割と都会出身ですが、特別裕福というわけではなく、親は両方とも公務員で、いわゆる一般的な家庭でした。もちろん、色々な家庭がありますので、普通の家庭に生まれただけで、しかも23区内という都会に実家があるというのはかなり恵まれた環境だったと思っています。小中は地元の公立学校に通い、サッカーに熱中するサッカー少年でした。
高校時代
小中学校時代は、割と成績が良い方だったので、高校受験の際にはいわゆる進学校も検討しました。ただ、自分はサッカー少年として高校サッカー選手権に憧れていたので、公立高校の中でもサッカーの強い学校へ入学をしました。偏差値ランク的には中の上くらいでしょうか。高校時代はサッカーに明け暮れていましたが、部員が150人ほどいる強豪校で、レギュラーには遠く及ばず、結局3年のインターハイ予選敗退後に受験専念組としてサッカーは引退しました。そこから猛烈に受験勉強に取り組み、国立大学に合格することができました。
大学時代
大学は文系で、経済学系の学部に進みました。ただ、大学では学問よりも、高校で不完全燃焼だったサッカーにもう一度本気で取り組みたいと思い、体育会サッカー部に入部。これまた4年間をサッカーに捧げる学生生活でした。ただ、大学自体は割と就職に強いところで、ビジネス界でもそれなりに有名なOBを輩出するような大学だったので、3年生の秋・冬ごろになると同級生たちの就活に対する意識はそれなりに高かったと思います。自分の就活の軸は割と変わっていて、半導体産業に興味を持っていました。半導体関連のメーカーばかりを受けていて、そのうちで一番最初に内定をもらった会社に行くことに決めて、早々に就活を切り上げました。周りは大手銀行や自動車、商社、広告、ベンチャーなどキラキラしていた業界を受けている人ばかりでしたので、なぜ半導体?と同級生たちから変わり者扱いされていたことを覚えています。ただ、自分としては明確な軸があり、半導体産業に入ることを決めていたので、全く迷いはなかったですし、その決断は今のキャリアにもとても役立っている、大正解だったと今でも思っています。
半導体系メーカー時代
さて、新卒で入った半導体系メーカーの会社で、社会人としての第一歩を踏み出したわけですが、配属は希望していた営業でした。ここから今に至るまで、私はずっと一貫して営業畑を歩んでいくわけですが、その最初をこの会社からスタートできたことは今でも感謝しています。営業といっても、自分はド文系ですが、半導体業界は博士号をもっているエンジニアの方がうじゃうじゃいる、バリバリの理系業界です。業界用語・専門用語を覚えたり、お客さんや社内での会話に慣れるのにとても苦労したことを覚えていますが、それでもなんとか食らいつき、一応、社内では「頑張っている若手営業」のポジションを取れていたと思います。上司や幹部の方にはそれなりに、可愛がってもらっていた自覚はありました。
嫁さんとの出会いへ・・・
この新卒で入った半導体系メーカーでの1年目の時に、嫁さんと出会うことになり、まぁ、そこから色々とあったのですが・・・・少し長くなってきたので、また別の記事で書くことにします。それでは、また。